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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(あ)826号 決定 1982年12月21日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人水崎嘉人、同中島繁樹の上告趣意第一点は、憲法三一条違反をいうが、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律五条五項の規定は、金銭の貸付を行う者が受ける元本以外の金銭は当該貸付に関するものと認められる限り利息の実質を有すると否とを問わずすべて利息とみなし、契約の締結及び債務の弁済の費用といえどもその例外とはしない趣旨であることが明らかであり、右規定が所論のように不明確であるということはできないから、所論は前提を欠き、同第二点は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(和田誠一 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

弁護人水崎嘉人、同中島繁樹の上告趣意

第一点

原判決は憲法三一条の違反があり、原判決は破棄されなければならない。

理由は次のとおりである。

一、原判決は、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律(以下、出資法という)五条五項にいわゆる「みなし利息」には契約締結及び債務弁済の費用のような利息の実質を有しない金銭も含まれると解し、公正証書作成費用及び電話質権設定費用も右「みなし利息」にあたると判断した。

二、しかし、出資法五条五項に例示されている「礼金、割引料、手数料、調査料」は、利息の実質を有するものだけである。従つて、右の例示に続く「その他何らの名義をもつてするを問わず」の解釈としても、前記例示とその性質を同じくするもの――利息の実質を有するもの――に限る趣旨に解釈しなければならない。たとえ「貸付に関し受ける金銭」であつても利息の実質を有しないものは、出資法五条五項の「みなし利息」に含まれないと解釈するのが当然である。公正証書作成費用や電話質権設定費用のごとき正真正銘の費用までも同項の「みなし利息」に含まれると解するならば、同項の「礼金、割引料、手数料、調査料」の例示は、無意味であり無用であるのみならず、誤解を生むだけであるので有害というべきである。

三、憲法三一条は、「何人も法律の定める手続によらなければ刑罰を科せられない」と定めて、罪刑法定主義の原則を規定する。この原則によれば、刑罰法規はいかなる行為を処罰の対象とするかを明確に定めなければならない。もし刑罰法規があいまいであるときは、国民はいかなる行為をしたときに処罰されるかを事前に知ることができず、このような状況下で刑罰が科せられることは正義に反する。したがつて、刑罰法規が漠然としているときは、当該法規は、憲法三一条に違反するものとして無効と解されるべきであり、または、厳格かつ限定的な解釈をすることによつて憲法三一条の趣旨を貫徹すべきものである。

四、以上に鑑みると、出資法五条五項は極めて不明確な規定である。すなわち、同項は、「みなし利息」の例として利息の実質を有するものだけを示しながら、他方「その他何らの名義をもつてするを問わず」としている。「みなし利息」が契約締結や債務弁済の費用も含むのであれば、「礼金、割引料、手数料、調査料」だけの例示は、無意味であり無用であり、国民の誤解を生むだけであるので有害である。したがつて憲法三一条に違反しないためには、出資法五条五項の「みなし利息」を、同項の例示によつて推測し得る性質のもの――すなわち利息の実質を有するもの――に限るよう解釈すべきものである。このような解釈をしなかつた原判決は、憲法三一条に違反して出資法五条五項を解釈したものであり、破棄されなければならない。

第二点

原判決は、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

理由は次のとおりである。

一、原判決は、出資法五条五項にいわゆる「みなし利息」には契約締結及び債務弁済の費用のような利息の実質を有しない金銭も含まれると解し、公正証書作成費用及び電話質権設定費用も右「みなし利息」にあたると判断した。

二、しかし、原判決の右判断は、出資法五条五項の解釈を誤つたものである。すなわち、

1 出資法五条五項が礼金、割引料、手数料、調査料等を利息とみなしたのは、悪質な債権者が謝礼金、手数料の名目で利息の実質を有する金銭を受けて罰則の適用を潜脱しようとするのを規制する趣旨である。然るに、公正証書作成のための費用を真正に預ることや、電話質権設定のために現実に支出する費用を受けることは、脱法的手段で利息を受けることと明らかに異なる。従つて、右費用は出資法五条五項の「みなし利息」ではない。

2 出資法五条五項に例示されている礼金、割引料、手数料、調査料は利息の実質を有するものだけである。従つて、犯罪構成要件は厳格に解釈されなければならないという原則からすれば、たとえ「貸付に関し受ける金銭」であつても利息の実質を有しないものは、同項の「みなし利息」に含まれないと解釈するのが当然である。

3 契約締結に直接必要な費用は民法五五九条によつて準用せられる民法五五八条により本来両当事者が負担するものであり、債務弁済の費用は民法四八五条により原則として債務者の負担するべきものである。また利息制限法三条は、但書で契約の締結及び債務の弁済の費用を同条のみなし利息から排除している。以上のとおり民事法上は契約締結の費用及び債務弁済の費用は「みなし利息」にならないのであるから、刑事法上も処罰の対象たる「みなし利息」には該当しないというべきである(出資法五条五項が利息制限法三条と同様の但書規定を置かなかつたのは、契約締結費用等を含まないことを当然と考えたからであり、また犯罪構成要件としての特質上、規定の簡略化を考慮したためである)。

三、被告人らは、金銭の貸付を行うにあたり、公正証書作成費用として金三〇〇〇円又は金四〇〇〇円を預かり、借主から債務の完済を受けたときにこれを全額返済したのであり、また、右貸付の際電話質権設定費用として受領した金一〇〇〇円は現実にその費用に使用したものであつて、借主から受領した、いわゆる「みなし利息」のうち利息の実質を有したものだけについて言えば、いずれも出資等取締法において処罰の対象とされている高率な額の金銭を受けてはおらず、また、同法を潜脱する方法で利息の実質を有するものを受領しようとしたものでもなかつたのである。そのような被告人らを処罰することは実質的にみても不当である。

四、要するに、原判決は出資法五条五項の定める構成要件の解釈を誤つたものであり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。よつて原判決を破棄されるよう求める。

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